本編1-4:隠し砦の……
日本映画界の巨匠、黒澤明監督の作品に『隠し砦の三悪人』というのがありますわ。後にスターウォーズにテンプレートとして採用されたくらいに、すごいプロットの作品ですので一度見ていただけると嬉しいですわ。
この物語では愛をこめて「三悪人」となっていますが、悪人という解釈は、あくまで「為政者側から見た善悪」での悪人で、むしろ強い者に立ち向かって行く痛快さを秘めた『ヒーロー』って感じですわね。
すみれが復帰して、ホームグラウンドになった書類倉庫には、どこか「隠し砦」と言う趣があるんですの。
旧家の離れみたいに、母屋から離れたプレハブづくりのそこではメインの事務室での喧噪も上司の鋭い眼光もなくて、なんとなくゆるい空気が流れているんですわ。
そんな「隠し砦」に待ち受けていたのは、三悪……いえ、三善人でしたの。
椿さん「すみれさん、またよろしくお願いします。お元気そうで何よりですわ」
まずは明るく挨拶してきたのは、かつてのわたくしがアルバイトとして上の立場で使っていた、椿さんという妙齢ながらバイタリティあふれる女性です。
わたくしの過去をしっているなら、今もつめたい態度をくべる大勢のひとたちみたいになってもいいのに、彼女は慈悲をくべて優しい言葉をたむてくださいましたの。
白百合さん「おねがいします」
次に挨拶を受けたのは白百合さん。
わたくしのいない間にわたくしのかわりに配属されて、わたくしとおなじくメンタルをやってしまった、私より若い女性社員ですの。とつとつとしているのですが、純朴なお方ですの。同じメンタルをやった人間の……シンパシーを直感しましたわ。
わさびちゃん「お願いします」
最後にペコリを頭をさげたのは、後にわたしの強力なバディとなり(同時にモラハラを二人で真正面で受け止める羽目になる)わさびちゃんでしたの。
復帰して2日目から、この3人にわたくしをくわえたお試しカルテット体制がはじまったんですが、これにはほんとうに心を救われました。
なによりもわたくしを(その時は表面上かも知れないけれど)邪険にせず受け入れてくれました。
とくにリーダーである椿さんが場を和ませてくれて、書類の調査の合間に冗談を交わしながらうまく場の雰囲気をつくってくださいました。
(彼女には辛く当たるときもあったのに……)
かつてはX回り以上年上のバイトだからって無茶ぶりしたこともあるのに、わたくしを優しくエスコートしてくれるあたり、やはり人生の先達というものには素直に感謝をするしかありませんでしたわ。
椿さん「あそこのちゃんぽんはおいしいのよー」
わさびちゃん「ちょっと遠いところにある地下の天丼がおいしいんです」
白百合さん「へー」
仕事をしながら交わす何でもない会話、これが本当に心に平穏をもたらしました。
「なんでもないようなことが幸せだったと思う」
皮肉なことにモラハラで有名になってしまった高橋ジョージさんの歌が心に染みるんですわ。
ただ、後でわかるんですが、みな同じくモラハラールには苦しんでいたのですわ。
とくに白百合さんはせっかく心の病を克服して復帰したのに、再び会社を休むことになってしまったんですのよ。
いつかそのうち、わたくしはモラハラの克服方法をお話しする時が来ると思いますが、「おなじモラハラを受けた者の横のつながり」というものはとても大切ですわ。
モラハラは前回お話ししたとおり「なかなか実体が見えにくい非言語のいやがらせ」です。しかし、受けた者にとっては何よりも「体験を心に深く刻んでいる」のですわ。
すみれにとって幸運だったのは、仲間が側にいたことですわ。
ここから数ヶ月して、椿さんが配置転換となるのですが、わさびちゃんが側にいてくれることで、わたくしはとっても心を強くすることができていますの。
すみれはどうしようもない、ほんとうに人間の世界では砂漠の砂の一粒かもしれませんが、それでもそんな一粒にすら、何かに護られている気持ちをひしと感じますの。
あんたは大勢には好かれないけれど、いつも、いつのときでも、その時にはかならず強烈に慕ってくれる人があらわれる。いつもだよ。そういう星の元にいるねぇ。その人が助けてくれてくれるよ。ずっとだよ。
これはすみれを占ってくれたとある占い師の言葉だと、母から言われました。
彼女が誰だったかわからないのだけれど、もう母は忘れているかも知れないのですが、確かにわたくしはいつもどんなときでも、どこにあっても、いつも誰かが現れて、わたくしのこころを支えてくれています。
まぁ、ちょっとのんびり屋で、今回のモラハラについても「おぉ、こんな貴重な体験は人生では滅多と味わえないわ」みたいな所もあるのも心の救いですわね。
次回からは、いよいよモラハラの具体例の応酬となりますわよ。たぶん。